「サッちゃん」「いぬのおまわりさん」の作曲者 大中恩さん「音楽家への道、作曲の心」について語る ! ソプラノ歌手 森野美咲さんの歌もお楽しみ下さい。

大中恩さんと語る。「音楽家への道」他。小野忠男、五十野惇、森野美咲(歌)、木口雄人(ピアノ)、片山有美子、星野梨沙、永井雄大、岸田玖実子、村松颯太、喜多唯千香、喜多貴子、喜多皓美、喜多美琴、北川明奈 - YouTube

 

 

歌:森野美咲(もりの みさき)

岡山市出身、ウィーン在住のソプラノ歌手。東京藝術大学卒業、ウィーン国立音楽大学修士課程首席修了。ヨハネス・ブラームス国際コンクールに日本人として初めて優勝し、 日本音楽コンクールでも優勝。ウィーン楽友協会、コンツェルトハウス、ウィーンフィル夏のアカデミー等で数々のオペラやコンサートに出演し、プロ野球オールスター戦にて国歌独唱を務めるなど、注目のソプラノ。

ピアノ:木口雄人

 

写真左:母・大中文子さん
写真中央:父・大中寅二さん
写真右:大中恩さん

大中:親父は、親の言う通りになるような息子はダメだって、よう言うからね、じゃあ、作曲家、音楽家になっちゃいけないのかなぁと思って。音楽をやりたいなと、思ってた時に、教会の牧師さんの妹さんが、僕好きだったんですよ。
小野:ワハハハハハ。
大中:向こうは知らないけどね。それで、相談に、中学生の時ね、「どっちがいいかなぁ?母なんかはもちろん、「神様の言う心を伝える伝道師になるのが一番良いと。」
小野:お母さんの方は。へぇ。
大中:親父はもう何も言わない。で、僕はそこ(牧師さんの妹さん)に相談に行ったら、「あなたは、音楽家になることが、本当に神様の心を伝えることになるのよ。」と、こう言われたものだから。
小野:誰から?
大中:その、
福田:女の方から。
大中:うん。
福田:はい。
小野:牧師さんの妹?
大中:うん、そう。
小野:えぇえぇ。
大中:それでもう、それが神の声だと思ったからね。女性の。
小野:アハハハ。
大中:いっつも女性の声に従っている。
小野:ワハハハハハ。
大中:今でも、「こうしろ」と言われたら、何でもしますよ私は。
小野:ワハハハハハ。

五十野:教会の音楽と、先生の作曲法は何か違いがありますか?
小野:作家、
五十野:作家とか。
大中:もうそれは、若い時はものすごく意識しました。ですから、あのぅ、親父と同じ事はやりたくない。
五十野:あぁなるほどなぁ。そんなこと読んだことがありますけど。
大中:宗教音楽・・・はやりたくないな。ってことで、教会からも離れたんだ。別に、まぁっ、昔から不信仰ですけど。そのぐらい離れちゃわないと、やっぱり親父と同じ事をやりそうで、それが一番怖かったんですよね、若い頃は。

小野:じゃあ、あれですか先生、見た時に、その、作曲する時にピアノを使って先生やるんですか?それともピアノを使わないで。
大中:それは、使いますよ。ピアノが無けりゃってことではないですけどね。でね、旋律ができて、伴奏して、とか、そういうんじゃないからね。一緒に進行するからね。
小野:読んでるうちに、例えば「サッちゃんはね サチコっていうんだほんとはね」詩を読んでるうちに浮かぶんでしょうか?それとも先生、あのぅ。
大中:アハハハハハ。色んなあれがあるんだろうけど、「サッちゃん」なんかは、もう本当に、読んだ時に。
小野:浮かんでくる?
大中:浮かんでくる?だから、おかしな話がありますね。僕は、あのぅ、阪田の詩はまぁ好きでしたけどね。色んな素人さんの詩でもね、僕は面白いなと思ったら、書いちゃう、でしょ。でね、ある時ね、うちのコーラスの方が書いた詩がね、喫茶店で見せてもらって。そしたら、なかなか良い。お母さんが亡くなった時の歌を、亡くなった日に書いた詩をね、見せてもらった。あぁ、これ、とてもいいじゃないの、ってんでね。その時五線紙持ってなかったもんで、こういうナプキンに、ちょちょっと五線書いて、こうやって、ちょっと留めておこうと思って書いたんです。そしたら、その方も、ちょっとこうだって、ピアノを弾いて、音大出の方ですけど。「あら、先生作曲家みたい!」
小野:アハハハハハ。
大中:それで自分でも、「あぁそうだねぇ。」という感じで、僕はいつも作りたいんですよ。「The 作るよ!」なんていうんじゃなくて。
小野:そうじゃなくて。ちょっと天才的だね、やっぱそういうとこで。
大中:いいですね、天才的だって。

五十野:(「サッちゃん」の曲は)“ヨナ抜き”ということで、それは何か意識されました?
大中:全然してないですよ。
五十野:出来上がったら、“ヨナ抜き”だったの?
大中:“ヨナ抜き”だって阪田が言ったんですよ。ずっと経ってからですよ。「そういうこと言うなよ」言ったのを覚えてますよ。「そんなこと俺は意識して書いてるんじゃない。」
五十野:あぁなるほど。 
大中:でもやっぱりそういう響きが出て来たということは、なんか、ある意味何て言うかなぁ、まるで歌うような物言いにしたいと思ったのかなぁ。
五十野:「むすんでひらいて」も“ヨナ抜き”ですし、それから、「チューリップ」ですか?あれも“ヨナ抜き”だし、ですから、先生なんか、やっぱり、意識したのかなぁ、と思ったりなんかしたんですけどね。
大中:僕はもうねぇ、他の歌の、ひじょうに日本的なハーモニーを使おうとかね、そういう風に思ったことが無いんです。いずれ、俺が書いたんだから日本の歌だつうのを思ってるもんですからね、日本的なハーモニーを使うとか、日本的な旋律にしようとか、長い詩だったら、ある部分日本的なものになるかもしれないけど、ある部分、西洋的なメロディーになっても、響きになっても良いんじゃないか、それが、俺という日本人が書いている、ようなつもりで書いていますからね。しっかりしてないから、おかしいと言われるのかもしれないけどね。それは分からない。
小野:構えるんじゃなくて、もうその詩に、自分が、ひらめきなのかな、先生?浮かぶ?
大中:良く言えばね、ひらめきみたいなものかもしれないけどね。

(筆記者  村松 颯太)

 

 

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